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Journal

2026.08.06

連載:わたしを歩く|多様性を切り拓く新時代の表現者・一ノ瀬メイが選んだ、挑戦への旅

歩くこと、寄り道をすること——その一歩の積み重ねが、知らなかった世界や思いがけない人との出会いを連れてくる。結果として、歩むという行為そのものが人生を豊かにしてくれる。それは、オッフェンが大切にしているフィロソフィのひとつです。自分の足で歩き、その途上で出会ったものによって変えられていく人生観——「旅」というひとつの区切りを通して、その軌跡を魅せてもらう連載<わたしを歩く>。

 

第3回目のゲストは、元パラアスリートの一ノ瀬メイさん。現在はスピーカー・モデル・俳優としてさまざまな分野で活躍し、これまで前例のないキャリアを歩むことで、現代の多様性社会に影響力を与える“表現者”へと大きな転身を遂げました。競泳の舞台を降り、果敢に挑戦を続ける彼女が、今の新たな旅に至るまでのストーリーについて語ってもらいました。

思考を激変させた“A Happy swimmer is fast swimmer.”のマインド

一ノ瀬さんの今のマインドを形成するきっかけとなった地が、大学時代や卒業後に練習拠点として選んだオーストラリアのサンシャインコースト。ここで選手として過ごした日々が、それまでの競技との向き合い方や人生観をがらりと変えるターニングポイントとなります。

 

「人生何をしてもいいんだ、どうやって生きてもいいんだと、初めて思えるようになったのがオーストラリアでの経験でした」

 

一ノ瀬さんが最初に渡濠したのは、リオデジャネイロのパラリンピック出場後。パラリンピアンになるという夢を叶えたにもかかわらず、心の中には常に焦燥感があったといいます。

 

「当時は、決勝まで進めなかったとか、メダルを取れなかったとか、できなかったことで頭の中がいっぱいで……。あんなに努力して、パラリンピックに出るという目標を達成したのに、なんでこんなに満たされないんだろうって。そんなふうに、すごく焦りを感じているタイミングでオーストラリアに行くことになりました」

 

オーストラリアは世界でも屈指の水泳大国。一ノ瀬さんが所属していたチームは、彼女以外の全員がオーストラリア代表選手という環境だったそう。そんな強豪選手ばかりのチームに混ざりトレーニングをする中で、一ノ瀬さんは、日本との選手としての“あり方”の違いにショックを受けます。

 

「日本のスポーツ界ではスポーツを中心に生きていて、何かを犠牲にしてでも結果を残すことがよしとされているところがあります。でも、オーストラリアのアスリートは、まず彼ら自身の人生があって、その途中でたまたま得意なスポーツを選んだだけという感覚で競技と向き合っていたんです。それに、日本では良くも悪くもアスリートって注目されてしまうじゃないですか。ときにはすごく崇拝されたり、特別扱いされたり。それはありがたいことでもあるんですけど、あの頃の私はその注目を受け止め切れるほど自分の土壌が整っていなくて、どうしてもプレッシャーになってしまっていたんです」。

 

それに比べて、オーストラリアではアスリートがそんなに特別視されることはない。

 

「『みんな、自分のやりたいことを選んで生きている。だから君も、今はそれがアスリートだったというだけだよね。だったら楽しんでやったらいいんじゃない』という見方をしてくれる。そのフラットさが私にとってはすごく楽で、肩に重くのしかかっていたものが一気に外れたような感覚でした。あとひとつ、私の発想の大きな転換のきっかけとなったのが、コーチがいつも言っていた“Happy swimmer is fast swimmer.(幸せなスイマーこそ、速く泳げるスイマーなんだよ)”という言葉。チームメイトみんなも、それを共通認識として持っていました。日本だと、今がどんなに辛くて苦しくても、結果さえ出せば報われるという考えで競技に打ち込んでいました。だから、“自分の心身が整っていれば、自然とパフォーマンスもついてくる”という価値観はとても新鮮でしたね」

 

日本では“水泳=人生”だった一ノ瀬さんにとって、“水泳は人生の一部でしかない”とマインドセットできたことは、水泳以外のことにもモチベーションが向く劇的な転機となります。

 

「オーストラリアに行くまでは、水泳で出した結果が自分の価値だと思っていました。もちろん、自分がこれまでに残した結果にはとても誇りを持っています。でも、それはあくまで私の人生の一部。そうマインドセットできたことで、やっと自分の中に、水泳以外のモノコトにも挑戦したいという意欲や興味が湧いてきたんです。それがなければ、水泳を手放そうというフェーズには多分踏み込めなかったし、引退もこんなに心地よくできなかったんじゃないでしょうか」

 

コロナ禍で気づいた、選択することの大切さ

オーストラリアでの選手生活は、一ノ瀬さんのその後のライフスタイルにも大きな影響を与えました。大自然と毎日密接に関わるうち、水泳一筋だった彼女の視野が、環境にも意識が向けられるようになったのです。

 

「私が住んでいたサンシャインコーストは、山や海に囲まれた自然がとても綺麗な場所。いつも練習するプールは屋外に設置されていたので、その美しさや天候の変化、月の満ち欠けを肌でダイレクトに感じることができました。そういう場所で生活していると、自分と自然の境界線というのが、いい意味で曖昧になってくるんですよね。自分も自然の一部、という当たり前の事実が、より強く感じられる。だからこそ、環境問題をさらに自分ごととして捉えられるようになったし、今も環境へのパッションを持てているのだと思います。特にコロナ禍では、環境のために自分の行動を変えようとさらに意識が変化しました」

 

コロナ禍で練習が制限されてしまうなかでも、選手として成長し続けなければいけない。そこで一ノ瀬さんは、“人間力なくして競技力なし”というコーチの教えをもとに、人間力を磨くための行いとして、環境問題を扱ったさまざまなドキュメンタリーを観始めます。

 

「たくさんのドキュメンタリーから、気候変動やファストファッションが環境に与える負荷、食が抱える問題など、今の環境の現実を初めて知り、雷に打たれたような衝撃を受けました。これまで私は、私のように人と異なる体を持った人を含め、誰もが生きやすい社会づくりに貢献したいと思って行動してきたつもりでした。でも、“障害”という自分が目を向けているトピック以外では、私も人の生きづらさに加担している側になっていたんだということに気づいたんです。自分の思いと行動が一致していない、その矛盾がたまらなく気持ち悪くて、それからは食べるものはプラントベースを選ぶようになったり、服もサステナビリティを意識して作られているものかを確認してから買うようにしたりと、行動のひとつひとつを慎重に選ぶようになりました」

 

ワードローブに迎え入れる基準は、サステナブルで長く愛せること

今の一ノ瀬さんのワードローブは、全てエシカルなアイテムで構成されているのだとか。そんな彼女がオッフェンから選んだ1足は、「pointed-LOWFERSMESH」。

 

「私が服や靴を選ぶときに特に意識していることが、自分のワードローブに馴染むアイテムであるということ。そうでなければ、どんなにサステナブルを意識して作られていたとしても、結局着たり履いたりしなくなってしまうじゃないですか。それでは本末転倒ですよね。だからこのシューズは、デザイン的に自分の持っているどんな服にもマッチしてくれそうだなと思って選びました。お手入れがしやすく、長く愛用できる点もお気に入り。ポインテッドトゥのシルエットがカジュアルにもドレッシーにもコーディネートできて、これから幅広いシーンに活躍してくれそうです」

 

前例を作るパイオニアとして歩み続けたい

競技を引退後は明確にやりたいことが決まっていたわけではないものの、自分の声を社会に届ける活動をしていきたいと漠然と考えていたという一ノ瀬さん。生まれつき人とは違う体を持っていたことで受けた偏見や理不尽をなくすため、それまでは水泳での成功体験を見せることで、マイノリティへの理解を広げてきました。

 

「中学高校時代から、自分の声をできる限りたくさんの人に届けたいという目的は変わっていません。ただ、水泳はもうやりきったので、伝え方を別の手段にするだけ。正直、引退したときは次のことなんて何も見えていませんでしたが、水泳を手放せば自然と何かが入ってくるだろうなと。するとその通りに、人とのご縁で今のお仕事へと繋がっていきました。俳優もモデルも全く体験したことのない世界でしたが、思い切って飛び込んでみたら新しい自分と出会うことができた。表現の仕方にスポーツのように明確な正解がないぶん、最初は戸惑うこともたくさんありましたが、自分らしい表現を探究していたら、それが結果的に人にも喜ばれて、いつのまにか“表現者”であることが楽しくなっていたんです」

 

 

最後に、一ノ瀬さんが目指す表現者像について語ってもらいました。

 

「 “パイオニア”であるということが目標です。これまで、オーストラリア代表チームの中に1人日本代表として参加したり、こういう体を持って俳優やモデルをやったりと、前例がないと言われることを人生で多く経験してきました。そしてこれからも、パイオニアとして前例がないことに挑戦して大きなインパクトを残すことで、次世代の人や、私のような個性を持った人たちが生きやすい道を切り開いていく。それが自分の使命だと思っています」

 


 

一ノ瀬メイさんが履いているシューズはこちらから

 


 

プロフィール

一ノ瀬メイ

 

スピーカー/モデル/俳優。京都府出身。1歳半から水泳を始め、史上最年少13歳でアジア大会に出場。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは日本人女子最多の8種目に出場。2020年には200m個人メドレー世界ランキングで1位に輝き、現在も9つの日本記録を保持する。現役引退後は表現者として、メディア出演や企業とのパートナーシップなど、活躍の場を広げながら国内外で活躍。

 

Instagram:@mei_ichinose

 

Öffen Journal Editorial Team
photographer KAORU YAMADA
writer YUKI KIMIJIMA
editorial director: YUKA SONE SATO(LITTLE LIGHTS)